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オール電化住宅でオール非電化生活

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2014/07/23
Wed. 21:24

なんかブログの書き方を忘れてました。
ところで暑いですね~。

非電化をテーマとしつつなかなかすすまないこのブログなんですが、
東北の震災以来相変わらずエアコンは使用してないです。
そう、暑くなると家中の窓全開で生活しています。
暑いので炊飯なんかする気にもなれず、調度良くローフード食をしています。
調味料を使わずに生野菜やフルーツのビタミンや酵素を摂取するので、
味覚も鋭くなりつつある今日この頃。

そんな中、ちょっとした涼しげアイテムを発見しました。

それはなんと簪です。

先日娘と名古屋大須の簪屋さんで、色んなタイプの簪の使い方をレクチャーしてもらいました。

一束にした髪をぐるぐる捻って、その髪の毛の真ん中に上からブスッと簪を挿して、
髪の毛の先端を頭の方に戻しながら簪を時計回りに捻って、その簪の先端を頭皮に沿ってグサッと差し込めば、
髪の毛がきっちりすっきり纏って、大掃除でもしようかい?という気分です。
http://www.wargo.jp/user_data/kanzashi_howto.php

簪が凄いというか、この髪の纏め方が凄いのは、
簪でなくて、箸でも耳掻きでも、要するに細い棒ならいいところ。髪を束ねるのに消耗品の輪ゴムもいりません。
そして、別に浴衣や着物の時でなくていいのね。
サブカル系女子は今どきマッシュな髪型でも上手に使いこなせそうですね。



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めざせ、オール非電化生活 2 

2013/06/29
Sat. 22:44


このオール電化住宅を新築する前、私たち家族は、
当時小6の長男と、小1の娘が通う小学校のすぐ目と鼻の先に住んでいた。

3LDKの古いマンションだったけど、主人の勤務先の会社が「社宅」として家賃を半分以上負担してくれていたし、
(それがそもそも奴隷生活の始まりなのだが)
小さな子ども二人を育てる身の上ではそこそこ快適だった。

キッチンに古風な(?)ガス給湯器がついていて、もちろん2口のガスレンジ&グリルがあり、
お風呂もガスボイラー。
洗濯機はベランダにあって、洗濯ものはベランダで干すと。
なんというか、導線回路が短縮された生活であったのに、
当然、今のような梅雨の時期だと、洗濯ものはなかなか乾かない。
室内干しするスペースはない、
子供が成長するにつれ、「狭さ」を感じるようになってしまった。

ガス釜の古風なタイル張りのお風呂はなかなか快適ではあったが、
換気窓が小さくて、タイルの溝がカビやすかった。
そして、キッチンとダイニングのクロス壁が排煙で汚れるし、剥がれやすい。
ガステーブルは火力があるので、それをフルパワーで使おうとすると、
白いキッチンクロスが真っ黒になっっちゃうぅ。

それだけが「オール電化住宅」を選択したすべての理由ではない、
けども、
南側の2部屋を仕切るのが、和風の襖でね、押し入れも同じなの。
NHKの朝の連ドラなんかで同じ柄の襖の模様を見る度に、萎えましたね。
これが、「テレビ場と辺縁系共鳴」ツールになるんだなぁと。
このどうしようもない、共鳴場からはやく脱出したい、心底そう思った!

のに、オール電化住宅って、選択は、ほんとに「ゴイムじゃろ?私!」って感じ^^;




それから、私って古いものが好きで、電信電話公社の時の、カラー電話をずっと使ってたの。


ダウンロード (1)


マンションに住んでいた頃に、既に時代遅れなこんな電話を使っていたので、
子どもの友達が、「ちょっと、家に電話していい?」なんていうときに、何?これ?どうやって電話するの?とか聞かれましたね。ぷふふ。

何度かもう返却してください!って電話業者の人に言われたのですが、
娘が「まだ私、これで遊びたいの」って言ったので、いまだに家にあるます^^;

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めざせ、オール非電化生活 1 

2013/06/20
Thu. 11:19



ブログのサブタイトルを変更しました^^;

前も少し書いたんだけど、私、オール電化の家に住んでおります。

そろそろ築10年になります。
当時、小さな工務店にお勤めしてまして、電力パワーに押され、あれよあれよという間に
「オール電化住宅」を建てる事になりました^^;

売電システム付き太陽光発電、
電気代がお得なんてバリバリCMしてたエコキュート、
24時間換気、
温水循環式の床暖房、
冬は暖かく夏は涼しい、機密性能の高さを維持するため、2重サッシは開けちゃダメ、
とか、灯油ストーブは使用しちゃダメ、とか言われてね…
夏のエアコンの使用は上階に設置したものだけで階下も涼しく、
料理つくるのも、当然IHクッキングヒーターですよ。
食洗機と洗濯機は割安な深夜電力の時間帯に動かして…
外の音は聞こえず、家の中の家電が妙に響いて煩い…
なんて生活をしていました(爆)

疑問を持ち始めたのは、
冬に室内が15度以下になると、床暖房ではとっても寒くて、(寝室のある上階は暖かいけど)
クレームで灯油ボイラーを増設してもらったのを皮切りに、押し入れにしまっていた古い灯油ストーブが復活。
食洗機でお気に入りのグラスや皿に傷がつき、
給湯モニターやIHクッキングヒーターに謎のエラーメッセージが出る度に、
取扱い説明書を引っ張りだしたり、メーカーに問い合わせたり、修理業者に連絡してもらはないといけない。
そりゃ、ちょっと考えればわかる事なのに~~~(泣)
当時は加熱食が当たり前だと思っていたから、
料理も作れないじゃん、

不便だわ~~~~!



しばらくして遭遇したのが、電磁波問題です。
(まだご存じない方は調べてください。念の為)
これは漠然と後悔してても始まらないぞ、私!

という訳で、
フラットなIHクッキングヒーターの上に卓上カセットコンロを置いて加熱食を作り、
電子レンジは邪魔な四角い箱と化しました。
食洗機は、手洗いした食器の一時保管スペース。
主人はガステーブルに付け替えるか?と言い出したのですが、
私、そこまで望んでいないのよ、あなた。

だって、ローフーダーを目指しているんだもん、
ローフーダー、フルータリアンになったら、キッチンそのモノがいらないかもネ

とは言わなかったけど…

TVはほとんど見なくなった。

そこに、311。原発事故。
いらないよ~、原子力発電なんて…
エアコンも壁についてるただの箱と化した。
夏はもう、窓全開で過ごすのだ!
10年前に植えた庭の木が大きく茂って、
窓を全開にしても周囲の視線も気にならないし、
夏の直射日光も遮断できる。

照明も半分で十分だ…
たまに電気屋さんに行くと、明るすぎて落ちつかない。

あの311の後からあまり非電化率はUPしていないのだけど、
ここで頭打ちじゃつまんない。
「非電化工房」の名古屋講演会で、楽しそうに話す藤村さんに、
何かもっと楽しい非電化生活は出来ないだろうか?と考え始めました。

何度か庭で炭火でお魚を焼いてみたり。
考えようによっては、毎日家でキャンプみたいな生活が出来るかも?
さてさて、もっと非電化率は上げられるのか?









ところで、こんなかわいいカセットコンロを発見しました。

51gr9kgMOcL.jpg


ま、何でもそうだけど、イメージ戦略みたいな商品は魔法が解けるの早いね。
ずいぶん騙されてきたけど^^;
シンプルなものだけあれば十分な気がする。






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どこまでも勝手な私の願い 

2013/01/16
Wed. 18:10


この間の日曜日(1月13日)に「ディオンさん&あさ子さんフォレストガーデンお話会in名古屋」という
中部パーマカルチャー主催のイベントに参加してきました。

正直言うとあまり興味がなかったの^^;
ただ暇だったのもあったし、ベジ料理持ち寄りの食事会にちょっと興味があって、
うちの食事は普通にベジだけども、ベジって言っても乳製品はOKな人もいるし、添加物の害や添加物が遺伝子組み換えで出来てる事も知らない人もいるし、オーガニックていう言葉に惑わされてる人もいるし、農薬の害も知らない人もいるし、どうかな~と思って、
メールで問い合わせする内にだんだん参加する気持ちになってしまったのでした^^;
ベジ料理に関しては私の不安は諸に的中したと思います。まあ具体的には書きませんけど^^;
それにね、みんな色々面白い活動をしてて、中にはセルフビルドで自給自足村を作ってるなんて人もいて、
オール電化住宅に住んでいる私は「ダメじゃ~ん!」っていじめられたんだし^^;
でも、その人は、風力発電の方が売電価格が高いから、売電は風力にして、セルフビルドの建物は太陽光発電で賄うとか言っちゃってましたよ。はぁ?
3.11の後に福島と同じぐらいの汚染量が高い中、那須の「非電化工房」のワークショップに参加してきたという人ですが、技術だけを学んできたんでしょうか!?
非電化工房の藤村さんも去年の暮の名古屋講演会で「太陽光にシフトする事の問題点」をちゃんと語っていたんだけどな・・・。
ま、それは余談です。


あまり行きたくなかった理由がもう一つあって、それは場所がお寺だから(爆)
お寺、神社、教会、その他、宗教団体の施設や政治団体関連、某学会関連のポスター張ってる家にも近寄りたくないぐらいなのです。
まあそれは置いといて^^;

Dionさん(ニュージーランド出身)とあさこさんは911が起こった時にニューヨークに住んでいて、あの崩壊したビルの惨事に巻き込まれた訳ではないけど、30時間のブラックアウトを経験し、
それが戦争の口実を作っていることに直ぐに気が付くと共に、
ニューヨークという町に「生存力はあるのだろうか?」と疑問に思って二人はパーマカルチャーを猛烈に勉強し、
2年ほど前から伊豆の山の中でデープエコロジーな生活を実践してます。
9.11で陰謀論に目覚めた人は多いのではないかと思います。
でも、陰謀論に目覚めただけで、じゃ、どうするのか?と具体的に生き方を問い直した人もたくさんいるとは思うんですが、Dionさんとあさこさん程深いシフトチェンジした人はあまりいないのかもしれません。
ただ、。私が知らなかっただけかもしれないですが。
詳しくはDionさんとあさこさんについては二人のHP「sikigami 」を読んでほしいのですが、
二人は元々その里山で暮らしていた人たちの暮らし方から学び、自然の循環の輪の一部になっているという印象がありました。


二人は自分たちのしていることは循環型社会のモデルとして完成されたものでもないし、
楽しいと思ってやっているだけの事であって、誰でもが好きなように参考にしてどんどんモデルチェンジしていってほしいと語っていました。


私はずっと前に(それこそ、長男を出産した後の20年ぐらい前ですが)個別訪問してる宗教団体の勧誘してるしてる人と話していて、人類だって地球の微生物みたいなものじゃないだろうかと思った事を思い出しました。
それで宗教の勧誘からきっちり決別出来たのですが。

人類は地球とお互い共存する関係だったのに、いつからかそれを忘れてしまって、資源を貨幣価値に変え、
支配出来る、コントロール出来るし、するものだと勘違いしてしまったのではないだろうかという疑問がまた湧いてきたというか、確信してしまって、その思いがそれまでの私を吹き飛ばしてしまいました。
TVや行政の広報を信じていては、私たちは地球を疲弊させそのうち自分達を滅ぼしてしまう事になるだろう。
私は地表に落ちた植物の種が芽を出せるような土の中の微生物のようになりたい。

…なんだか宮沢賢治を思い出すようなフレーズになってしまいましたが^^;






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私たちが間接的にしている環境破壊 

2013/01/02
Wed. 22:03




この動画に出てくるMANっていうのは、消費社会を支えている私達そのものの姿ではないでしょうか?

フライドチキンでゾンビに?

誰一人そんな実感を持ている人はいないかもしれません。
でも、ファーストフードで食事をする事によって地球に砂漠化に加担しているのかもしれないし、
電気やガスをたくさん消費する生活は、アフリカやアジアの人々からお金という暴力で資源を搾取しているのかもしれません。

自然農法の福岡正義さんが「わら一本の革命」の中で興味深い話をしています。

牧畜と砂漠化、緑化

人工によって自然でなくなったものを自然に戻してやる手助けをする、というのが福岡氏の砂漠緑化の考えの基になっているようです。

ついでに、興味深い福岡氏の考えを述べておきます。上記のニューヨーク・タイムズ紙の記事における科学者の報告では、あの砂漠化の原因は、牧畜のやりすぎ(人工)と天候の変化(自然)、ということですが、福岡氏は、雨が降らなくなったから砂漠化するのではなく、(牧畜などで)土地をやせさせ緑を無くすから、雨が降らなくなるのだ、と言われています。いわゆる「雨は下から降る」という考えです。

気象学言えば、雨は上から降るかもしれないけれど、哲学的に言えば、雨は下から降るもんだと自分は思う・・・。下が緑になれば、そこに水蒸気がわいて雲がわいて、雨が降るんだ、と。
(福岡正信、『わら一本の革命』)
福岡氏がいうように、また、ニューヨーク・タイムズ紙の記事でもそうであるように、雨が降らなくなったから砂漠化する、というのが今日の常識的な考えだろうと思います。しかし、「牧畜が砂漠化させる」という考えが今では常識となっているように、「雨は下から降る」という考えも近い将来常識となるかもしれません。少なくとも、ニューヨーク・タイムズ紙の記事では、人工による地球温暖化が、その天候の変化をもたらせている可能性があることを指摘しています。

しかし、福岡氏の砂漠緑化に関して、わたしの注目を引くのは、「砂漠緑化は自然か」といった問題ではなく --- すでに述べたように「何が自然か」という問題は客観的に決着のつく問題ではないのです---、むしろ、前回ものべましたとおり、それが人間が楽をする(何もしない)方法を目指しているところです。従来の潅漑方法の常識では、かならず、たとえばコンクリートを使った方法などを考えていたに違いありません。従来の思考が、「目標を達成するには、人間は何をすればよいか」、ということしか考えないからです。そうではなく、「できるだけ人間が何もしないで(つまり、自然に)、その目標を達成するにはどうしたらよいか」、と考えるのが、福岡氏の方法でしょう。』

「ところで、福岡氏は、国民皆農を究極の理想と考えられておられます。前回も指摘しましたように、氏の主張によれば、自然農法は一日平均2時間の労働時間で一家五人が養える、というものです。これは結局どういうことかといいますと、食うための仕事は、一週間に一日だけやればよいのであって、あと(六日)は、各自勝手にやりたいことをやればよい、ということだそうです。この国民皆農の理想からいえば、(日々の食物に関しては)流通機構は不必要になります。つまり、自分たちが食べるものは、家の外に出て新鮮なものをもって帰ってくればよい、ということになるからです。

じつは、わたしはこの考えに注目しています。自分が食べるものは自分が作るということ、しかも、それを一週間に一日の割合の仕事量でできるということ、これは、自然からますます離脱し、過労働でしかも運動不足、諸外国の市場と中央役人に重度に依存してきた、そんな現代日本人を、健康にし、独立させ、余裕を持たせ、自由にすると考えられるからです。自分たちの食うものが自分たちで確保できる土台さえあれば、いざというときに、会社や役人や他国の言うがままになる必要はもうなくなるのです。

最近では、サラリーマンが、週末だけ、郊外に買った農地や、田舎の農地に帰って、家族一緒に農作物を作ることを楽しむ人が増えているようですが、このような人々がますます増えれば、国民皆農の理想は、完全とはいかなくても、それに近いものが出来上がる可能性は十分にある、とわたしには思われるのです。日本の農業の未来の姿はその方向にあるとわたしは考えています。 」



去年の春に始めた私の小さな畑ではまだまだ自給自足は出来ませんが、
ゆっくりと時間を掛けて土本来の力を取り戻せるといいなぁと思います。
少しづつ収穫出来る野菜は姿形も味もスーパーに売られている野菜とは全く違います。
成長のスピードもさまざまなので、収穫期も長いです。
失敗する事も多いですが、ずっと前に書いたように、
抗生物質や成長ホルモンが入った家畜の糞を土に入れないので野菜もゆっくりそれぞれに成長します。
こういう自然農法の野菜を見ていると、スーパーに綺麗に並んでいる大きな野菜は
むりやり大きくされている感じがします。
そういう食べ物ばかり食べると、当然人にも影響があるのではないでしょうか?



参考:買い物(消費)こそ政治活動だ

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2017-08

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